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偉人伝ストーリー

3億5千万のインドの民を自由に導いた『インド建国の父』

マハトマ・ガンディー

マハトマ・ガンディー

「われわれはパンを求めて石を与えられた」

1917年8月、第一次世界大戦の最中、英国はインドに『戦後の自治』を条件に協力を求めた。インド人たちはその約束を信じ、120万の兵員を動員、物資を供給して英国に協力した。しかし1919年に公布されたインド統治法では州自治の一部が与えられただけで、インド人の期待した自治の約束にはほど遠いものであった。その上英国は1919年3月にローラット法を発布し、逮捕令状なしの逮捕・裁判抜きの投獄を行う権限をインド総督に与え、インドの民族運動を弾圧した。
さらに1919年4月13日、パンジャーブ地方のアムリットサルで開かれた「自治の約束無視とローラット法発布に対する抗議集会」に集まった約1万人の群衆に向けて英国軍が発砲し約400人が死亡、1000人以上が負傷するという「アムリットサル虐殺事件」が起こると、インドの反英感情は沸点に達した。ガンディーはこの英国政府の二枚舌外交を「われわれはパンを求めて石を与えられた」と揶揄した。

正義と平和を求め政治家へ

本名モーハンダース・カラムチャンド・ガンディー。今もなお私たちの心を強く揺さぶる20世紀最大の偉人は、1869年10月2日インドのポルバンダールで生を受けた。ガンディーは裕福でとても信仰心の厚い家庭に生まれ、慈愛と優しさに満ちた両親の影響を強く受けながら育った。毎朝ガンディー家の門に貧しい人たちが集まってきたのも、母の決して施しを断らない慈愛心故だった。
ガンディーは13歳のとき、カストルバイという名の少女と結婚した。いわゆる『童婚』は当時のインドでは決して珍しいものではなく、ガンディーも例に漏れず親によって決められた相手と結婚することになる。しかし後に夫婦生活に溺れ父の臨終に間に合わなかったことがひどく彼の良心を苦しめ、幾度かの失敗を繰り返しながらも37歳で完全な禁欲生活に入ることになる。ガンディーは童婚を『悲劇』と呼び、自らブラフマチャリヤ (禁欲、性欲の自制)を行いアヒンサー(不殺生、博愛) を生涯の生き方とした。
ガンディーは18歳で英国に留学し、弁護士資格取得のため法律を学ぶ。
ガンディー24歳、見事弁護士資格を取得した彼はインド人労働者の弁護顧問として南アフリカに赴任。そこで外国商社の訴訟問題にかかわるうちに、人種差別の問題に直面する。そして人種差別政策と闘うために人権運動を開始、1915年インドへ帰国後は、後の世界の歴史を劇的に変える切っ掛けとなるインド独立運動を開始、政治家への道を辿ることになる。

祖国の独立を求めて

ガンディーは英国政府からインドを独立させるため各地を奔走。『非暴力・不服従』の精神は民衆の心の琴線に触れ、圧倒的な民衆の支持を得ていた。彼が先導した活動は、外国製の布地の不買と焼却運動、断食闘争、粗綿布製造の推奨、英国商品のボイコット、英国行政機関への非協力、公立学校生徒の退学、商店の自主的休業、地租支払い拒否など幅広い。英国政府からの弾圧は日を追うごとに激化しガンディーは数度に渡り投獄されたが、彼は一切の武力闘争を否定し『非暴力・不服従』の姿勢を貫いた。これらの運動はガンディーの強烈なカリスマ性によって瞬く間にインド全土に波及していった。
この静かな抵抗運動の広がりに英国も遂に第二次世界大戦終了後の1947年、インドの独立を認めざるを得なくなった。人々の歓喜によって迎えられるべき祖国の独立であったが、イスラム教とヒンドゥ教の宗教的対立からこの国はインドとパキスタン(現在のパキスタン及びバングラデシュ)の2つに分裂したまま独立、新たな悲劇をもたらすことになる。
ガンディーはこれに対して『宗教の融和と寛容』を訴え両国の統一に力を注いだが、1948年1月30日、デリーにて夕食の祈祷集会に出かける際に狂信的なヒンドゥ教徒の凶弾に倒れた。
あまり知られてはいない話だが、ガンディーは生前こんな言葉を遺していた。
「もし私が誰かに襲撃されて倒れ、それでも私の頬に微笑が残っていたら、その時は神が私の中にあるものとして、ほめていいであろう」  彼の死に顔は、きっと穏やかな笑顔だったに違いない。

偉大なるガンディー

「非暴力は人間に与えられた最大の武器である。人間が発明したいかなる武器よりも強い力は不屈の意志から湧き出るものだ」
ガンディーの思想と行動は、その死後もインドのみならず中国、ベトナム等の独立と自力更生に多大な影響を与えることとなる。また米国でも、黒人差別に対して武器を持たずに戦ったマーティン・ルーサー・キング牧師がガンディーの精神を引き継いでいた。将軍でも地主でもなく、富も地位もない一人の驚くべきインド人の生き様が、後の世界の歴史を動かしたのだ。そしてガンディーはいまもなお世界中の人々の心の中に確かに存在している。人々は彼を呼び続ける。『マハトマ(=偉大なる魂)・ガンディー』と。

 

 

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