函南町大土肥84-5
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函南校(小中学部)

更新日:2008年08月29日
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| ▲実は目が見えていた!? |
前回紹介した聖武天皇の依頼を受け、はるばる唐から輸入された(!?)お坊さんとして有名な鑑真さんだね。
日本に仏教を広めるためにはお坊さんがたくさん必要となる。
しかし正式なお坊さんになるには戒律(決まりのようなもの)を授けてもらう必要がある。
しかし日本には戒律を授けられるような立派なお坊さんがいなかった。そこで鑑真さんが戒律を授ける受戒師として日本にやってきたわけだ。
彼は船に乗って日本にやってくる際になんと5回も失敗している。その間に彼は失明してしまうんだ。それでも諦めずに日本に渡ってきた鑑真さんはまさに“不屈の精神を持つ男”だったんだね。
そんな鑑真さんの姿を残そうと製作された唐招提寺に残る国宝「鑑真和上坐像」は日本で最も古い肖像彫刻といわれている。日本の彫刻モデル第1号としても活躍しているのだ。
ところで、最近では鑑真さんが日本で書いたとされた書物が発見されているため、鑑真さんは全く目が見えなかった訳ではないという話もある。
はてさて、真相はいかに・・・!
社会担当 今泉伸隆
更新日:2008年08月28日
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| ▲聖武天皇と大仏さま! |
〜聖武天皇 3度も都を移したさすらいの天皇〜
聖武天皇=仏教といっていいほど、彼と仏教は切っても切り離せない。ところで、なぜ彼がそこまで仏教が好きになったのか!?
実は彼が即位した頃の日本は、疫病(伝染病のようなもの)やききんが起こったりと大変な時代だった。だから仏様に救ってもらおうというのが一般的な理由だけど、実は1番の原因は藤原広嗣という貴族が反乱を起こしたためだといわれている。仏教が流行っていたこの時代はお坊さんが政治に関わることも多かった。その事に不満を持った藤原広嗣が反乱を起こしたんだけど、この反乱にびっくりした聖武天皇は奈良の平城京を出ていく、反乱はすぐに鎮圧されたが、反乱が怖かった聖武天皇は恭仁京(京都)→紫香楽宮(滋賀)→難波宮(大阪)と都を転々と移す。
そんな中で「もうこんな怖い時代は、仏様の力で護ってもらうしかない!」と仏の力によって国を護ろうと考えたんだね!
奈良時代も現在も、困ったときには神(仏)頼みというのは変わらないみたいだ。
社会担当 今泉伸隆
更新日:2008年8月26日
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| ▲ガイダンスの風景です。 | ▲サナルが発行している高校進学ガイドブック「サクセスロード」です。 |
8月17日(日)。この日、校舎に足早に訪れる中学3年生の親子の姿があった。それもそのはず、その日は親子対象高校入試ガイダンスが行われた日だからである。
お忙しい中、多くの生徒・保護者の方々に参加していただき、会場は熱気がみなぎっていた。大学入試の現状と最新の高校入試情報、夏期講座のテキスト、合宿の様子など多方面に渡る情報を提供させていただいた。
19日から夏期講座もいよいよ後半に突入する。生徒たちはすでに夏期講座のテキストを2回解き直している。
9月3日に行われる学力調査までに再度解き直し、少しでも自分の弱点を克服した形で試験を迎えて欲しい。8月31日(日)には学調特訓も開催する。
国語担当 本間 裕輔
更新日:2008年08月16日
「甘い自分に打ち勝て!」
この一言から合宿が始まりました。 食事と入浴以外は全て勉強というスケジュールの中、1000人以上も集まった生徒達は御揃いのTシャツを着て、鉢巻を締めて、「志望校に合格!」という共通の志を持ってのぞみました。
初日は午後1時から6時まで授業があった後に夕食・入浴があり、そして初日に行った授業内容の確認テストを受けて消灯しました。
2日目。起床時刻は午前5時30分で、午前6時15分より授業開始です。
実はこの合宿には「ある」ルールがあります。そのルールとは、授業内容確認テスト結果によって毎日クラス替えが行われる事です。 この日は、前日のテスト結果での新クラスが発表されていたので、生徒達は眠い目を擦りながらも、各自布団を片付けて新クラスへと向かいます。
午前7時45分まで授業を受けてからの朝食です。 さすがに2日目の夕方ともなると疲れ始めてきましたが、生徒達は食事・入浴を終えたらそのまま自習室に向かい、黙々とテキストを解いていました。
そして、最終日。最後の授業が終わった瞬間、生徒達は疲れた顔をしながらも清々しい笑顔になっていました。
合宿の最後には「合宿体験記」と名付けた作文を書き、生徒一同集まっての閉会式です。
静岡全域から集まった、住む場所・志望校も違う生徒同士が「絶対に志望校受かろうな!」と声をかけあっている姿が印象的でした。
ここで、ある一つの作文を紹介致します。
「最初は合宿を乗り越えられるか心配だったが、同じ目標に向かって頑張っている周りのライバル、常に全力で語りかけてくれたサナルの先生方のおかげで乗り越えられました。私がこの3日間で学んだ事、それは『今までの限界は、本当の限界ではない。自分が諦めなければ限界はない!』です。本当に充実した、そして達成感を味わえた合宿でした。
最後に合宿に参加させてくれた両親に一言いいたいです。本当にありがとうございました。」
生徒達は色々な事を学んで帰って来ました。 この合宿で学んだ事を生かし、「志望校合格」を掴んでほしい。我々サナルの教師陣は全力で生徒達を応援していきます。
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| ▲夏期合宿テキスト | ▲一つ一つの積み重ねが「合格」への近道 | ▲ただ「志望校合格!」を信じて |
更新日:2008年8月06日
以前は、大学時代の宝物を紹介しましたが、今回は受験に関する私の宝物を紹介したいと思います。
大学受験をひかえた高校3年生の夏、私はある予備校に通っていました。そこで、私はある古文の先生に出会いました。その先生の授業はとても分かりやすく、言葉一つひとつに熱がこもっていました。
「なるほど、そういうことなのか」目からうろこが落ちるとはこのことを言うのでしょうか。その先生の授業のおかげで古文が分かるようになったのはもちろん、「受験とは何なのか」、「一生懸命はかっこいいことなんだ」など人生についても教えていただきました。
その夏以降、私は、その先生のおっしゃるように古文の勉強を進めていきました。「この先生を信じていけば絶対受かる」私はそう信じて、がむしゃらに勉強しました。気づいてみると古文だけで、ノートは5冊にもなりました。そして、受験当日を迎えた2月のある日、私は試験会場にそのノートを持って行きました。試験が始まる前、私はやはり緊張しました。「本当に自分は受かるのだろうか」、「苦手な分野が出たらどうしよう」などマイナスな思いがこみ上げてきました。足もがくがくふるえ、緊張がピークに達した時に、私はあの古文のノートを広げました。そして、自分にこう言い聞かせました。
「自分はこれだけ、やったんだ。絶対に受かる!」
すると不思議と緊張が和らいでいきました。
そして、試験開始…
1週間後自宅に結果が届きました。開けてみると、「合格」という文字が書いてありました。涙がこみ上げてきました。あの先生に感謝すると共に、「自分もやればできるじゃないか」と自信を持つことができました。
3年生諸君、今君たちは夏期講座のテキストを必死になって解いていると思う。眠たい目をこすりながら、時にはテキストから逃げたいと思うこともあるだろう。でも、君たちが受験を迎えた前日でも当日でもいい。そのテキストを見直したときに、君たちは思うはずだ。
「自分はこれだけ、やったんだ。絶対に受かる!」と。大丈夫だ。サナルを巣立った多くの先輩たちはそれで合格を勝ち取ってきたんだ!!だから、勇気を持って、自分を信じて前に突き進め!!
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| ▲サナルを信じて、自分を信じてテキストを解いて欲しい!! | ▲大学受験の時の私の宝物です。 | ▲これがあったからこそ、私も合格をつかむことができました。君たちも是非自分の努力の結晶を作ってください。 |
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